ありがとうは、“奇跡に気づく言葉”

「結婚記念日だから。」と
母が買ってきたケーキ。
その出来事がきっかけで、
父のこと、家族のこと、
そして“有り難さ”について
改めて感じたことを書きます。

 

「結婚記念日だから」と、
母がケーキを買ってきた。

父が生きていれば、42年目の結婚記念日。
9年目の記念日の朝に倒れ、
そのまま旅立ってしまった。

「ありがとう」という言葉は、
“有り難し(有ることが難しい)”から来ているそう。

そばに誰かがいてくれることも、
好きになった人が自分を好きでいてくれることも、
本当は奇跡みたいに尊い。

だけど、当たり前になると
その奇跡に気づけなくなることがある。

健康だった頃の有り難さを忘れてしまうように、
大切な存在も、慣れると見えなくなってしまう。

でも、ここで伝えたいのは
「我慢して感謝しましょう」ではなくて。

いま与えられているものの中には、
“大切な相手” だけじゃなくて、
“自分自身” も含まれているということ。

心がすり減っているのに
「感謝しなきゃ」と無理をするのは、
誰のためにもならない。

自分を大事にしてこそ、
目の前にいる人の存在も、
もっと自然に、優しく受け取れるようになる。

相手に素直に感謝できないときは、
あなたの内側が、休息を必要としているとき。

まずは、自分自身にやさしく“戻る”時間をつくって、
そのままのあなたを、そっと抱きしめてあげてね。

 

いま目の前にあるものも、
そして“自分自身”という存在も、
当たり前ではなく、天から与えられた大切なひとつ。

どうか、自分の心に優しくしてあげられる時間が
今日どこかでありますように。

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