人生の舵を自分でとるってどういうこと?

「人生の舵を自分でとる」

よくお伝えしている言葉ですが、
それって実際にはどういうことなんだろう?

 

私はこの言葉を、
ここ数年でやっと言語化できるようになりました。

でも実は、
この考え方自体はもっと前から、
無意識に大切にしてきたものだったように思います。


父の死が教えてくれたこと

そのきっかけは、
小学2年生のときに経験した、父の突然の死でした。

 

あまりにも突然の出来事に、

「人生って、いつ何が起こるかわからない」

そんな感覚が、幼いながらに強く残りました。

 

そして同時に、

“だからこそ、後悔しないように生きたい”

そう思うようになっていったのです。


日本語教師という選択

大学3年生になり、就職活動を意識し始めた頃、
私は中学生の頃からの夢だった
「日本語教師になりたい」と思っていました。

 

当時は、新卒で日本語教師になるのは難しく、
大学院に進学することが一般的だと言われていました。

 

母からも、将来の安定を考えて
大学院に進んだらどうかと勧められました。

 

ですが私は、

「早く現場で経験を積みたい」

その気持ちの方が強かったのです。

 

そして私は、大学院には進まず、
大学卒業後すぐに日本語学校の非常勤講師として働く道を選びました。

 

卒業時には就職先が決まっていない状態でしたが、
その後採用試験を受け、無事に働くことができるようになりました。


海外に行くという決断

もう一つ、私にとって大きな決断があります。

それは、オーストラリアでの
9ヶ月間のアシスタントティーチャーの経験です。

 

日本語教師としての仕事は楽しく、
「好きなことでお金をいただけるなんて幸せ」と思っていました。

 

ですが、3年ほど経った頃、
英語をもっと学びたいという気持ちが湧いてきました。

 

きっかけはシンプルで、
大好きな映画を字幕なしで観られるようになりたい、
そんな想いでした。

 

語学学校に通い、英語を学ぶ中で、

「この英語が海外でどれくらい通用するのか試してみたい」

そう思うようになっていきました。

 

実は私は、もともと海外に住むことに憧れがありました。

でも、父が亡くなり、母と二人暮らしだった私は、

「母を一人にすることはできない」

そう思って、その夢に蓋をしていたのです。

 

そんな中、大学時代の教授から
オーストラリアでのプログラムの話をいただきました。

 

本来は在学生向けのプログラムでしたが、
その年は特別に卒業生も参加できることになっていました。

 

そして母も、
「日本語教師として行くなら」と
応援してくれることになったのです。

 

ですが、
母を置いて海外に行くことには、
大きな葛藤がありました。

 

「もし、その間に何かあったら…」

父を突然亡くした経験があるからこそ、
そんな不安も浮かんできました。


私が選んだ答え

そのとき、私が考えたのは

「自分が人生を終えるとき、後悔しないか」

ということでした。

 

もしこの機会を、

“母を一人にできない”という理由で手放したら

 

心のどこかで

「あのとき行っていれば…」

と、母を責めてしまうかもしれない

そう思ったのです。

 

母のことが大好きだからこそ、
それは絶対に嫌だと思いました。

 

そして私は、

悩んだ末に、オーストラリアに行くことを決めました。


人生の舵をとるということ

日本語教師になったことも、
オーストラリアに行ったことも、

 

どちらも、
「自分で選んだこと」でした。

 

そして今、

心から

「あのときの選択は間違っていなかった」

そう思えています。

 

心の声を大切にして選んだからこそ、
その経験が、今の私をつくってくれているのだと感じています。


最後に

私にとって

「人生の舵を自分でとる」とは

 

誰かの正しさではなく、
自分の心の声に耳を澄ませて選ぶこと

 

そしてその選択を、
自分の人生として引き受けていくことです。

 

その積み重ねが、
人生をつくっていくのだと思っています。

 

あなたはこれまで、
どんな選択をしてきましたか?

そしてこれから、
どんな選択をしていきたいですか?🌿

 


👉 次回は
「愛で、人生の舵をとるとはどういうことか」
についてお話しします。

こちらから読めます
 

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